ドアノブが機能しなかった

気づいたら知らないビジネスホテルで寝ていて、ベッドが血まみれだった。
わたしはいつもそうだから、なにも心配しなくていい!

後悔とか自責の念に駆られても、過ぎたことなので考えるだけ無駄なのだ、そして記憶がない夜というのも同じだけ無駄なのだ。貴重な休日の朝がしんだ。


下着のまま、窓のカーテンを豪快に開けた。まあまあ高層の部屋にいたことを知る。
下では、朝から土方の作業員たちが工事をしていて、部屋から出るとわたしたちの眠っていた部屋以外はすべて清掃員たちが掃除に入っていた。月曜の朝だったので、当たり前っちゃ当たり前だった。

フロントで、友人が「ここに2人で宿泊しとったことは誰に聞かれても、1人で泊まってたて答えてくれへん?」と念押ししていて、わたしはそれを横目に静かなフロントには似合わない爆笑をしながら、清掃員のスタッフに「ゴミ袋、ありますか?」と尋ねた。

ドラッグストアの買い物袋を手渡され「これでよろしいでしょうか」、と申し訳なさそうに言われたけれど、自分の吐瀉物で汚れたアウターを入れられるならなんでも良かったので大袈裟にお礼を言って受け取った。

友人はホテルのパンフレットを右手に握りしめたまま、まだフロントマンに二日酔いのテンションで絡んでいたので、ひとり先にホテルの外に出てタクシーが来るまで煙草を吸った。

タクシーに乗り込むと、昨晩の記憶が徐々に取り戻され少し吐き気を感じた。そんな体調とは裏腹に外はハチャメチャな快晴だった。スーツを着たサラリーマンたちが横断歩道を横切る中、そのサラリーマンの行列の間を割ってタクシーから降りて昨晩友人が車を停めた駐車場まで歩く。

駐車場の精算をしていてほしいとブランド物のペラペラな財布を手渡され、精算を終えて友人を探すと歩道の隅で誰かに電話をかけていた。どうやら、会社の上司に遅刻することを連絡しているようだった。

その後、友人の軽トラに乗り込むと「荷物をまとめて出て行ってください、やって。潮時ってやつやな」と友人が携帯の画面を見つめて笑った。
彼女にホテルのパンフレットを渡して昨晩の言い訳をすることも、フロントマンに口裏合わせてくれるように頼む必要もなかったようだった。終わる時は終わるのでわたしのせいではない、とおもった。


帰りの電車の中で携帯のデータフォルダを開くと、友人がわたしの携帯でわたしの動画を撮影した動画があった。
恐る恐る動画を再生すると、カラオケの薄暗い個室の中、ビールのピッチャーを丸ごと飲み干しているわたしが映しだされて目眩がした。

覚えているところといえば。カラオケ店からどこかに移動しようと深夜の道路をふたりで手を繋いで歩いたところだけだった。
友人はわたしのことを頼りない呂律で褒めちぎりながら、ご機嫌に歩いていた。
わたしはというと、殆ど話の内容は聞いておらず
ヒールを履いたつま先が痛むことだけが脳内をぐるぐるとしていた。
ヒールを脱いでストッキング一枚隔てた素足でアスファルトの上を歩いていると、友人が履いていたスニーカーを貸してくれると言うので、サイズの合わないスニーカーを足で引きずりながら歩いた。

そのまま通りがかったラブホテルの待合で、一旦これからどうするか決めようということになり真っ赤な照明に照らされた室内でソファに2人で腰掛けた。
ソファに沈んだ瞬間、とてつもない突然吐き気が襲ってきた。有無を言わさずトイレに向かったけれど、女子トイレが開かない。ドアノブに手をかけ、引こうにも押そうにもびくともしなかった。その状況にパニックになり、(人が入ってるかもしれないという思考回路にはならず)ドアノブに向かって吐いた。

そのまま第2回目の吐き気が襲来した。次は隣の男子トイレに駆け込み、床に座り込んでとにかく派手に吐いた。
後ろで友人が「あ〜あ!」と叫んだので、その声にハッとして振り返る。何故か笑いが止まらなくなり、「酔いが覚めた!」と元気よく友人にピースサインをすると、その場で両脇抱えられて「逃げるぞ」とホテルの外にダッシュで引きずり出された。


そこから記憶がなく、気づいたらベッドが血まみれで全裸の知らない部屋だった。それでも何となく、昨晩薄れてく記憶の中で「あの人はもっとわたしに優しかった」、なんて考えていた。それが知れただけでいい夜だったのだ。










m世

くそをくそで洗い流す

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